昨日のP-TYPEインタビュー、実はこっちを先に見つけたんで遡ってみただけの話だったりしますが^^;
あのRealcollaboイラストレーターさん、彼女じゃなくて妹さんだったとは
なんとまぁ才能のある兄妹だこと。長いんで分けてup~
確か今日が誕生日じゃなかったかなぁ??
Happy Birthday Ra.D
(違ってたらゴメンね^^;;)
真実の連合で良いことを成し遂げるためのラディの新しい手始め
〔Rhythmer'09.1.19〕(翻訳ツール使用)
2002年 “So One”という曲とともに一段階進歩したR&B/Hip Hopサウンドを聞かせながら登場したラディ(Ra.D)。しかし彼のアルバムは当時柔らかいR&B音楽にだけなじんだ大衆の共感を得ることができずに残念ながら埋もれてしまった。以後、6年余りの空白があった。そして2008年12月、Ra.Dは自分が設立した新しいレーベルとともに二番目アルバム[Real Collabo]を持ってまた登場した。特有のグルーヴした滑らかなヴォーカルはそのままだったし、黒人音楽ファンたちの胸中に残っていた‘ラディ評’音楽はより一層熟していた。
Rhythmer(以下リ):初アルバム以後、なんと6年余りですね。その間どうしていましたか?
Ra.D(以下R):こんにちは?新人歌手Ra.Dです。(全員笑)ハハハ。冗談です。正確に6年3ヶ月ぶりにアルバムが出ましたね。その間最大の事件はひとまず軍隊に行って来たし、アメリカにある音楽レーベルと接触もあったんです。またホセフェリチアーノ(Jose Feliciano)というベテランミュージシャンのリミックス作業をしました。12月に来韓したアン・トリオというチームとも作業をしたんです。ニューヨーク、ニュ-ジャージーを行ったり来たりしながらバールームというマンハッタンにあるコンサート場で一緒に公演をしたんです。みんなおわかりの通りKebee,DynamicDuoのアルバムにも参加したんです。あ、そしてガールフレンドにも出会いました。(笑)
リ: おぉ、ガールフレンドと会ったこと、心より祝います。外国で活動が多かったが、本格的に進出を試みたんですか?
R:進出試みというより一応機会があって自然にしたことでした。勿論、これからはグローバルな音楽作業をしたいですが。その基盤を磨き上げるきっかけになったとでもいいましょうか。そちら側の会社とパートナーシップで一緒にする計画ですよ。
リ:ラディさんアルバム消息が出た時一番先に気になるのが、アメーバカルチャーとの関係です。今度のアルバムは直接設立したレーベルから出たが。どんなことがあったんですか?
R: 多くの方が心配しておられると考える部分です。一応仲良くなくて別れたのではないんです、かと言って音楽的な色が違っても違います。お互いにリスペクトを相変らずしているし、連絡も取り交わす状況です。ただ、時間が流れて、各自の会社、各自のレーベルとして進行をして見ようという式で仕事が進行されました。それで私が先にアメーバカルチャーから出たんです。そちらでもこういう部分を認めてくれました。
リ:とにかくアメーバカルチャーとリアルコラボはそれぞれ異なるレーベルであることですか?
R: はい現在はそんな状況です。
リ:黒人音楽ファン達の間では、1集が惜しく埋もれたアルバムと称えられています。その理由の中には ‘時代を先んじた’と言う評もあるのに、共感されるんですか?ラディさんの率直な心情が聞きたいです。
R:あ… そのような評価をしてくれる方々には本当に感謝します。勿論、こっそり共感するんです。きまり悪くはあるが…。(笑) 私は今もそうであの時もそうだったが、一つの言葉しか申し上げることができないのに、当時私ができることをしただけです。その瞬間に私が一番上手にできることを表現したことです。私の意図したところではなかったんです。
リ:それだけ1集に対して惜しい点が多いと思うが…。
R:ふぅ~ 多いですね。当時私がfuture flowという会社と契約を結んだ内容がプロデューサー兼エンジニアでした。私が幼い頃から夢が歌手ではなかったから、演習生時代もなかったし歌手に対する熱情も率直になかったです。choPD兄さんからも、4集を準備する時私が手伝ってあげて参加しながら縁があったんです。そのアルバムで“My Style”と言う曲が一番有名だったではないですか。その曲に元々プロデューサーでだけ参加しようと思いました。ところでヴォーカルで参加をするようになってミュージックビデオまで撮ったが、意図せず突然ファンカフェが生じたんです。その後に会社で1集を出しなさいという要求があったんです。
リ:その前まではソロアルバムを出す計画がなかったというお話ですね?
R:なかったんです。実は私が好きな音楽を表現してそれを結果物で出したいという考えはあったが、一人でアルバムを出すということは思っていなかったんです。それで準備がたくさんならない状態で契約をして1集を出したのだったから、準備期間がもうちょっとあったらと思う惜しさがあります。
リ:それでもとても遵守したアルバムだと思います。当時最大の影響を及ぼしたミュージシャンがあるならば誰がいましょうか?
R:それは私には本当に難しい質問ですよ。とても多くて誰がより良いと言うことはできないのに、Musiq Soulchild、Usher、Eric Benetなどそのシーンにあったすべての人のアルバムを聞いてすべて参考にしました。
リ:ところでその1集のオンライン音源サービスが中止された状態ですね。
R:はい。それが会社が中間になくなってみたら、所有権を持った人もなくなるようになったのです。音楽は私がプロデューシングしたので著作権を私にまた尋ねて来ました。近い将来オンラインでまた会うことができるんです。
リ:こんなに久しぶりにアルバムを準備しながらどんな考えを一番多くしましたか?
R:1集の時はとても憂鬱で難しい時期でした。不安で萎縮した感じをたくさん持っていて、そんな心情が音楽にも反映されたようです。ところで2集には愛、ありがたみがたくさん入れられましたよ。今私が処した状況から出ることができる音楽たちが温み、なごやかさ、愛、有難みこうしたことです。会社を作りながら難しかった部分が多いのに、大変だった部分が近い将来また音楽に反映されはしないかと思います。(笑)レーベルを設立したと言って、事業家ではなく基本的なことは音楽家これですね。いつどうしていても私が感情を易しく表現することができる方法が音楽のようです。
リ:1集と比べてHIPHOPとアプローチされるスタイルが減って、もう少しソウル音楽本来に近づいたようです。
R:2集のタイトルが‘Real Collabo’じゃないですか。会社名でもあってバンド名です。私がアメリカに行って来た期間中にライブをしたいという考えをたくさんしました。それでバンドを結成したし今後ともバンドとともにするつもりです。そして2009年中にチームリアルコラボという名前でバンドアルバムが出るんです。アナログとデジタルの中間段階をまともにやって見たい欲があるんですよ。今回ショーケースも一緒にしたんです。
リ:1集の時もそうだったが、ラディさんが駆使するいくつかの曲でのヴォーカルスタイルは、国語で滑らかに継続するのが難しいスタイルだと思うのに、とても自然に感じられます。例えば“格好よい友達”、“Sweet Love” のような曲らはところで持って生れたんですか、でなければ悩んだ結果でしょうか?
R:私はメロディーや編曲より実質的に歌を作る時一番悩む部分が歌詞です。あるパルス内で多くの単語を並べて構成をしなければならないRAPみたいな場合はなろうと自由だと考えるのに、私のような場合はメロディーが入って行って見ると比較的制限される部分が多いです。それで韻律をその中に表現するために時間をたくさん投資して悩む方です。かといって話にならなく使うのはちょっと違ったことのようで神経を多く使っています。
リ:構成でも気を使った跡が引き立ちます。イントロで初曲“Goodbye”につながるラインとか、“Sweet Love”から“オンマ”につながるラインとか。音楽的でもそうで歌詞的でもそうで。
R:ありがとうございます。1集の時は良い雰囲気で始めてからとても憂鬱に終わる雰囲気だったんです。2集の時はそれとは反対に、別れた後また誰かに会って幸せにハッピーエンドで終わる雰囲気です。こういう部分を構成で意図的に浮上させようと思いました。
リ:そんな雰囲気がアルバムカバーでも感じられます。
R:私の妹がデザインしてくれたのです。(リ:あ、そうですか?) 曲の雰囲気らがその中にみな含まれています。各章ごとに出てくる絵たちはみな意味があります。アルバムの構成がブックレットを見ればすべて分かるほどに表現が上手くいっています。
リ:その外重点を置いた部分があるんです?
R:今度のアルバムには “I’m in Love”、“Sweet Love” のように恋物語もたくさんしたかったです。恋物語が最も陳腐なこともあるが……
リ:しかし、最も共通の主題でしょう。
R:はい。そして愛が必ず恋人の間でだけ“愛してる。”と言うのではないでしょう。友人間でも話せることで、愛するカン・イルグォン編集長様と言うこともできるのです。(笑)それで今回愛を最大のテーマで捉えたんです。そして次に最も気を使った部分なら、ミキシングです。私が持ったシステム内で最善の方法で表現しようとしたんです。今回ミキシングのためアメリカへ行ってミキシングを本当にお上手な方々としてコミュニケーションを絶えずしました。ところで私はプロデューシングを直接する立場なので、サウンドに対する答をある程度持っている状態だったからその方々とは方向が違うんですよ。実際にアウトプットの出てくる時は私が思っていることとはとても違ったんです。それで今回全部ミキシングを取り替えてひっくり返しました。後ほど機会があって時間的余裕もあったら、初めから最後までその方々と作業をしてみたいが、今度は1集の時とは違うように圧迫もなかった状況だから、ミキシングに神経をたくさん使いました。
リ:何人かの人々を見れば、マスタリングがすべての問題を解決してくれると思う人々もいるようです。
R:あ、私は反対です。マスタリングはミキシングの一過程で含ませなければならないと思うんです。マスタリングがバランスを取ってくれることができるとは考えません。ミキシングが上手くいってこそマスタリングが上手くいくしかないのです。どんなマスタリングエンジニアでも私と共通した見解を持ったであろう思います。そしてミキシング以前にそれを表現するプロデューサーたちや編曲者たちがある程度の答を持っていなければならないと考える方です。
リ:“オンマ”という曲の歌詞が本当に胸に迫ります。曲を作るようになったきっかけが気になりますね。
R:私をママが育てられました。ママが私のためにたくさん泣いたりしたし、歌詞のようにある瞬間でもママを思い浮かべれば心が重くなります。ママはママでありパパの役目もしたし、友人だったし、いつでもかばわれました。それでママに捧げる歌を必ず作らなければならなかったんです。
リ:私どもはミュージシャンの方々が一番格好よくて羨ましい時が、ご両親のために歌を作る時です。本当に素晴らしく愛を表現するじゃないですか。
R:私どもが一番よく表現することができるのが音楽だからです。 →②に続く
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